正 夢



この感情を「恋」と呼ぶなら…。
俺は、まともじゃないんだろう。


気付くと過去へと飛ぶ想い。
記憶だけを何度も何度も再生してあの人の影を追う。


幼い頃に見た夢だ。
どういうわけだかこの夢だけはずっと覚えている。
大きくなった俺は、母さんと瓜二つの女の人を抱きしめていた。
その夢の中の俺は二度とその人に会えないことを知っていた。
だから、言葉にできない感情だけが渦巻いていた。
ただただ、腕の中に華奢な体を抱きしめて。
本当はそのままその人を攫っていってしまいたかった。


俺は、起きたときに泣いていた。
ただ切なくて、母さんの姿を見るや否や抱きついた。
「あらあら、トランクス。どうしたの?怖い夢でも見た?」
母さんは優しく微笑むと俺を抱きしめてくれた。




俺は、過去の世界に来たときに息を呑んだ。
夢に出てきた彼女がそこにいたから。
母さんに似ているとは思っていたけれど、まさか当の本人だとは。
過去の世界は俺が住んでいる世界とは異なるものだから、
厳密に言えば母さん本人ではないのだけれど。

惹きつけられる。
彼女の一挙手一投足に。
眼を逸らせなくなる。
彼女の眼から。


でも、彼女はこの世界で「俺」を生むべき人だ。
俺もこの世界の人間ではない。
あまり過去の世界に関わってしまうと不用意に未来を変えてしまうことになりかねない。
だから距離を取っておかなければ…。



一度元の世界に戻った俺は、自分のいる世界がこんなだというのに光をこの身の内に取り込んだような気がしていた。
でも、その光は『悟空さんが来てくれるかも』とかそういった希望の光ではなく。
自分の中だけの、小さな光。
この気持ちを、「恋」と呼ぶのなら…。
多分、俺はまともじゃないんだろう。

次にまた会うことができたなら。
彼女に打ち明けてみたい。




「はーい、トランクス。美しいお母さんですよ〜」
母さんと同じ声が現れる。
相変わらず無用心に触れてくる手に焦ってしまう。
俺はドギマギしながらどうも、と挨拶するのがやっとだ。

こんな、切羽詰った状況なのに。
母さんの近くに居られることで胸が高鳴る。
今さっき、爆破される寸前のジェットフライヤーから助け出したばかりの華奢な体が前を歩く。
助け出したときの、母さんの柔らかな香りと柔らかな体を思い出す。


…なぜ、父さんはあの時母さんともう一人の俺を助けてくれなかったんだろう。
愛情は、ないのだろうか…。
それならば、いっそのこと………。
この戦いを、終わらせたら…。





「と…父さんが?!」
驚いた。
俺が殺されたときあの普段冷静な父さんがなりふりかまわずセルに向かっていったというのだ。
愛情がないんだと思っていた。
精神と時の部屋で2年もともに過ごしたけれど、いかにもな『愛情』を感じることなどなかったから。
だから、母さんのことも、赤ん坊の俺のことも愛してなどいないのだと思っていた。
だけどそれは違ったんだ。
父さんは、愛情の表し方が分からないだけだったんだ。


それならば。

きっと俺には、

母さんを攫っていく資格なんか、ない。


自分の中に生まれた小さな光は、あっけなく散り去ってしまった。
でもそれは、より大きな光によって包み込まれて消えただけ。
父さんの不器用な優しさや愛情という光によって、包み込まれただけなんだ。
もちろん、それでもまだ切なさは残るけれど…。



明日、俺はこの世界を去る。
母さんに、それでも最後に伝えたい。
奪い去るわけでも攫っていくわけでもなく。
ただ、俺の気持ちだけを知ってもらいたい。

母さんの部屋の前に立つ。
インタフォンから母さんののんびりとした声が聞こえる。
「あら、大きいほうのトランクスね。ちょっと散らかってるけど、どうぞ」
中には何やら技術系の雑誌を見ていたらしい母さんの姿。
肩先で切りそろえられた髪が揺れる。

ああ、やっぱり俺は。
まともじゃないのかも知れない。
男らしくあきらめようと思ったのに心が騒ぐ。


「どうしたの?」
「いや、俺、明日向こうの世界に帰るんで…」
俺の言葉を聞くと母さんが俺を手招きする。
何かと思い、そばに近寄ると、ふわりと抱きしめられる。
「…かあ……さん?」
「あんたは、向こうの世界に帰っても独りじゃないことを忘れないで。
向こうの世界の私もいるし、こっちの世界に来れば私も、ベジータも、孫君も、みんないるわ。
つらかったら、いつでも思い出して。あんたは独りじゃないわ」

ああ、このままこの人を攫って未来の世界へ帰ることができたなら。
そう思うと胸がいっぱいになる。
気付くと、母さん、いや、ブルマさんの体をしっかりと抱きしめていた。
きっと彼女は俺が彼女に恋していることを知らない。
気持ちだけ知ってもらいたい、と思っていたけれど彼女の目に映る俺はやはり彼女の「子供」だった。
ならば、俺もこの気持ちをすり替えてしまおう。
「恋」から、「愛情」へと。
でも、今だけは。
この一瞬だけは、この気持ちに「恋」という名を付けて。
そして、ブルマさんを抱きしめる。



きっと、もうこの人には会えない。
タイムマシンは向こうへ帰ったら壊してしまうつもりだから。
だから、これで、さようなら。
この気持ちとも、さようなら。




ああ、この光景はいつか俺が見た夢そのものだ。
幼い頃に見た、切ないばかりの夢。




幼い頃のように。
向こうの世界へ帰ったら、
この夢が覚めたなら、
母さんが笑って迎えてくれるだろう。



End <2005.07.31up>

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Alma様からいただいちゃいました!!
トラが、トラが・・・かっこいいーーー(><)
恋から愛情に・・・の部分がたまらなく切ないです。
いっそ、奪っていってしまってーーと言ってしまいたいです(><)

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