セルゲームから

第二話 親子


セルゲームで、トランクスは命を落とした。
わずかな油断が、セルの一撃を喰らってしまったのだった。

孫悟空も自分の身を犠牲にして死んだ。
なんでもブルマに「自分がいると悪者を引き寄せる」と言われたことに納得して、
孫悟空は生き返ることを拒否した。


「トランクス!!!よかった!!!無事だったのね」
ブルマは自分より背の高いトランクスを力いっぱい抱きしめた。
「無事・・・まぁ、一度死にましたけどドラゴンボールで生き返らせてもらいました」
「そうなの?でも、帰ってきてくれて良かったわ。
あんたに何かあったら、あっちのあたしに申し訳ないからさ」
ブルマの何気ない一言は、トランクスに小さな傷をつけた。

(あなたは・・・どうなのですか)
もし、この言葉を言えば、きっとトランクスの望む答えが返ってきたに違いないが、
それは、なんとなくためらわれた。

「べジータは?一緒じゃないの?」
ブルマはトランクスと一緒にべジータがいないことに気づいた。
「父さんは、神様の神殿にも来ませんでしたから・・・」
「え?」
ブルマは表情を曇らせた。

「あ、でも、無事ですよ!!父さんはオレがセルに殺されたことに怒って、
なりふりかまわずセルに向かっていってくれたみたいなんです。
・・・ヤムチャさんがそう教えてくれました」
「べジータが?!・・・へぇー」
「じきに帰ってくると思います。
今は・・・悟空さんが亡くなったことで、なにか思うことがあるんじゃないでしょうか・・・」

「孫君が・・・死んだ?ドラゴンボールで生き返らせなかったの?!」
「ええ、悟空さんはあちらの世界で楽しくやりたいからと言って・・・
生き返るのを拒否したんです」
トランクスは、悟空がブルマに言われたことを意識して、
生き返ることをやめたということは伏せながら、一通りのいきさつを説明した。

「孫くん、もう会えないんだ・・・孫くん」
ブルマはトランクスの胸にすがり、わぁわぁと泣いた。
トランクスはブルマの震える肩をそっと抱き、
おずおずとその腕の中にブルマの華奢な身体を収めた。
そして、あやすように背中をさすったり、頭を撫でたりしていた。

「う、なんで、なんで生き返らなかったの?!孫くん・・・」
トランクスはブルマがこんなに泣いてくれるのなら、
自分は死んでしまっても良かったかなという思いがよぎる。

その時、


「カカロットはブルマの言ったことに納得し、あの世にいることを選んだ」

ベジータはリビングの入り口に立ち、抱き合う2人を睨むように見ていた。

気を消していたため、いつからそこにいたのかはわからないが、
おそらくトランクスが躊躇いがちにも、ブルマを抱きしめたところは見られていたに違いない。

ブルマがべジータの声に反応し、身を起こす。
「べジータ」
ブルマの身体が離れ、べジータの元へ行こうとしているのを感じたトランクスは、
咄嗟にブルマを抱く腕に力を入れた。
傍目からでは判らない微妙な動きだが、ブルマを拘束するのには十分だ。
「父さんっ!」
トランクスはべジータを睨み返した。

「ちょっと、べジータ。
孫くんがあたしの言ったことに納得したって・・・どういうこと?」
ブルマはトランクスの腕に抱かれながら、首だけをべジータに向けて云った。

「以前、貴様はカカロットに云ったらしいな・・・
カカロットが悪い奴らを引き寄せるんだとな」
「・・・確かに云ったけど、たったそれだけで生き返ることをやめたっていうの?!」
「カカロットにとって、貴様の影響力は、自分が思っている以上に重いということだ」
「そ、そんな・・・それじゃ、あたしが・・・?」

「父さんッ!!!あなたって人は!!!!」
トランクスはブルマをかばうように、腕に力を入れた。

「なんて無神経な人なんだ!!!」
ブルマ蒼い目を大きく見開いている。
いくらブルマといえどもショックは隠しきれない。
「・・・オレはあなたに、期待をしすぎていたようですね。
ヤムチャさんからオレが死んだときの話を聞いて・・・
やっと父親だと認めることができたのに!!」
「フン。甘ったれるな!サイヤ人に親子の情などあるか」

「そ、そんな・・・」
「ちょっと、べジータ!!トランクスはあんたの子供でしょ!
そんな言い方ってないじゃないの?」
ブルマがべジータを怒鳴りつけた。

4つの蒼い目がべジータに向けられる。
その視線は何故かべジータに疎外感を与えた。

「チッ。」
べジータは舌打ちをすると、くるりと向きを変えた。
「父さん!待ってください!」
トランクスはべジータに駆け寄り、肩を掴んで振りかえさせようとする。
しかしべジータはトランクスの腕を軽くはらい、壁まで吹き飛ばした。

「オレに気安く触るな!!!!」
「う・・・と、父さん・・・」
「トランクス、大丈夫?!」

トランクスの口から、ツツーッと赤い血が流れ出た。
トランクスはその血を拳でぬぐうと、キッとべジータを見上げた。

「あなたと同じ血が流れているのかと思うと・・・オレはやりきれない」
「フン。貴様は何もわかっちゃいないようだから教えてやるが・・・
ブルマがカカロットの事でショックを受けているとしたら、
そうさせたのは貴様の方だ、トランクス!」
「え?!・・・な、何を馬鹿なことを!!オレは母さんの事を第一に考えているだけだ!!
あなたのように無遠慮に、悟空さんのことを言ったりはしない!!」
「やはり、貴様はバカだな。本当にオレの血を引いているのか?!」
「何!?」
「カカロットは自分あの世に残ることを選んだ。
たとえ、ブルマが言ったことがきっかけになったとしても・・・だ」
「・・・?」
トランクスはべジータの様子を伺っている。
「あのヤローが自分で選んだことだ。ブルマには関係のないことだろうが」
「・・・」
「何故カカロットが云った事を、ブルマに云わなかった?
ブルマのせいで、カカロットが生き返るのをやめたと思っていたからだろう!
つまり・・・貴様はブルマが悪いと思っていたからこそ話せなかった・・・
違うか!!?」
「・・・!!!」
べジータの云うことは、トランクスの心の中を深くえぐりだした。
「何も判っていないのは、貴様の方だ!トランクス」
べジータはそういい捨てると、くるりときびすを返しリビングから消えた。

後に残された、ブルマとトランクスは沈黙のまま動けずにいた。

(オレが、母さんを傷つける?!オレが?)
消沈したトランクスの頬に、柔らかなものが触れた。

「小さいトランクスには、唇にキスをしてあげるんだけど・・・
大きいあんたにキスしちゃうとさ、べジータが怒るから・・・ここでガマンしてね」
ブルマは優しく微笑んだ。

「さ、着替えてきなさい。あんたのその伸びた髪を切ってあげるから」
ブルマの目は完全に母親のものだった。
「・・・はい」
トランクスは胸の痛みを感じながらも、ブルマの用意した服に袖を通した。


チョンチョンとハサミの音がする。
「うーん、バランスとるのが難しいわねぇ。
あんたの髪ってサラサラしてるから、ちょっと切りにくいわ」
「母親似ですから」
トランクスは鏡越しにブルマと視線を合わせた。
「きっとあなたよりも、オレの方が髪を切るのは上手いですよ。
未来の世界では、母さんや悟飯さんの髪も切っていたこともありましたから・・・。
でも未来の母さんの方が、オレよりももっと上手かった」
「そう・・・あんたがねぇ」
ブルマは、トランクスの肩に落ちた綺麗な色をした髪をくしで払った。

「はい、おしまい。この間よりは上手く出来たでしょ?
ま、この間といっても、あんたにとっては何年も前の話になっちゃうのか」
「ええ。でも・・・たしかに丁度いい長さになりましたね」
トランクスは鏡の中の自分を覗きこんだ。

セルゲームの前に髪を切ってもらった時よりも、トランクスの頬に残る幼さは消え、 すっかりと、少年から大人の男へと変貌していた。
トランクスは自分の顎を撫でた。
ブルマも無言でそのしぐさを見ている。
鏡の中で目があうと、トランクスはにこりと微笑みブルマに云った。
「あなたの髪も、切ってあげますよ」


トランクスの胸の奥に、べジータに云われたことが引っかかっていた。
ブルマがその話題に触れないないので、トランクスも口にすることができなかった。

トランクスはハサミを片手に持ったまま、じっと鏡の中のブルマを見る。
「どうしたのよ、トランクス?」
「あ、いえ・・・なんでもありません。
前髪とサイドを少し切りますね」
「はーい、よろしくね!!」
ブルマは髪が目に入らないように目を閉じた。

トランクスがブルマの前髪をすくった。
しかし、ハサミの音はなかなか聞こえてこない。

「・・・?」
ブルマがいぶかしげに思っていると、カシャーンと金属が床に落ちる音がした。
同時に、トランクスの両腕がブルマの肩を覆い、トランクスとブルマの頬が重なる。

「すみません、母さん。父さんの云ったとおりです・・・
オレはあなたを傷つけないようにしていたつもりでしたが、
逆にあなたを傷つけてしまっていた」

「なぁに?孫くんのこと?・・・それは別に気にしてないわ。
孫くんが死んじゃったことはすっごく悲しいけどさ。
ほら、あたし達ずーっと昔から一緒だったから・・・。
でも死んだら逢えるんでしょ?あの世でさ。
あたしも天国にいくと思うから、そしたらいつでも逢えるじゃない。
それよりも・・・一番ショックを受けているのはべジータだと思うの」
「父さんが?」
「べジータはさ、孫くんを倒すことが生きがいだったから・・・
あたしはべジータが心配だわ。
あいつこれから何を目標にして生きていくのかしら?」
「でも、父さんには母さんがいます」
「あたしじゃダメね」
「そんなことは・・・」
「あいつはそういう男じゃないわ」

「母さん・・・本当に、それでいいんですか?」
「良いも悪いも、それがべジータだからね」
トランクスはブルマを抱いていた腕を解いた。
「べジータさんは、父さんは幸せものですね。
あなたにそれほどまでに想われているんですから」

(はじめからブルマに想いを告げることなど、考えてはいなかったけど・・・
これでは母さんがあまりにも可哀想すぎる。
そして、このオレも!!)

トランクスは床のハサミを拾い上げ、何かを決意したように鏡の中の自分を見つめた。


続く


あとがき
この展開だと18禁に行きたくなるところですが・・・
今回はベジトラバトルなので、我慢しました。

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