朝の光を見ることが、これほどまでにつらく、悲しいことだとは
あたしは思いもしなかった。
人造人間が世界を闇に変え、そしてベジータの命を奪っていってから3年の月日が流れていた。
小さかったトランクスも、今では孫悟飯の元で、朝早くから日が暮れるまで修行に励むようになっていた。
(悟飯君が生きていてくれて良かった)
たくましく成長していくトランクスを見て、ブルマは何度ともなくそう思った。
ベジータと約束したのだ。
あの時・・・トランクスを強い戦士に育てると。
(そのベジータは今頃は地獄で特訓でもしてるのかしらね)
ブルマは夜空に浮かぶ月を見ながら、あの時のことを思い返していた。
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「ブルマさん。今日はボク、トランクス君の面倒を見ていますから、
ブルマさんはゆっくり休んでください」
ベジータが光と共に砕け散った夜、悟飯はブルマを思いやり、
気持ちが落ち着くまでc.cにいてくれると云ってくれた。
悟飯らしい優しさだが、チチが悟飯の帰りを心配して待っていることを考えると、
ブルマはその申し出に甘えることは出来なかった。
「大丈夫よ、悟飯君。もうチチさんのところに帰りなさい。
心配してるわよー、きっと」
「ええ、でも・・。せめて今日だけでも・・・」
「大丈夫だって!あたしはブルマよ。あいつが死んじゃったからって、いつまでもメソメソしてるわけないじゃないの。
それとも・・・悟飯君は今夜、あたしと一緒にいたいのかしらー?」
ブルマは手を腰にあて、いつもの軽い調子で悟飯をからかった。
「い、いえ!そういうわけでは・・・!!ボク、帰りますっ」
あわてた悟飯は上着をつかみむと、包帯だらけの体の上に羽織り、
ブルマから逃げるように出口に向かった。
その悟飯の背中に向かってブルマは云った。
「悟飯君!!あんた体ボロボロなんだからね!
しばらくは安静にしてなきゃダメよ!それからっ」
「・・・?」
「それから・・・ありがと、悟飯君」
悟飯は父親そっくりの笑顔を見せると、右手を軽く上げ、
じゃあ、と云って出ていった。
孫悟飯が去った後の地下シェルターに、小さなトランクスとブルマだけが残された。
いつもと変わらない殺風景な部屋を、ブルマはぐるりと見回したがなんの変化もみられない。
夜以外にべジータがC.Cにいることはほとんどなかったので、ブルマは特に寂しいと感じなかった。
(あたしって薄情なのかしら?ベジータが死んじゃったっていうのに、こんなに平然としてるなんて)
ブルマはそう思いながらも、自分がひどく疲労していることに気づいた。
(べジータはもう、帰ってこない。
べジータのたくましい体に、もう触れることはできない。
べジータに、スキという気持ちを伝えることができない。
べジータがあたしに下品な女って、あきれた顔で言ってくれることもない。
べジータとは・・・もう・・・)
「べジータは・・・いないんだ・・・。もうあたしを見てくれる人はいない」
ブルマは呟いてみた。
しかし、涙がでるわけでもなく、悲しいわけでもなかった。
ただべジータと逢えないと思うと心臓がギュッと掴まれたような痛み、左腕にも疼くような鈍い痛みがあった。
「本当に悲しいときには・・・泣けないものなのかしらね」
ブルマはため息をひとつつくと、自分の体を労わるようにベッドに横たわった。
(このまま夢でべジータに逢えるといいけど)
ブルマはそう願っていたが、ベジータが夢に出てくることもなく、
いつもと同じ朝が、残酷にも繰り返されるだけだった。
そう、朝が来るたびに、
やっぱりあのことは夢じゃない、現実なんだと思い知らされる日々。
そしてあっという間に3年たったのだった。
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月は平和だった頃と違い、青白い輝きを失っていた。
それでも、ブルマは月を眺めるのが好きだった。
月はべジータを連想させる。
どこかでべジータが自分を見ていてくれるんじゃないか・・・
そんな淡い思いを胸に抱き、ブルマは今日も月を眺め続ける。
終
あとがき
「雨と夢のあとに」続編です。
「月の螺旋」はお気に入りの歌詞のフレーズから頂きました!!
なんだったけかな・・・
すべてのナイフ 胸を切り裂いて 深くしずめばいい
(うろ覚え)
このフレーズがあまりにもリアルだったので、
いつかこの気持ちをSSで書こうと思っていました。
まーったく萌えがありませんが、
次回、未来トランクスを書くにあたり、ブルマの心情が必要だったので・・・
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!