「あらぁ、今日はべジータちゃんもトランクスちゃんもいないのね」
ブルマの母親はテーブルに乗せ切れないほどの朝食を見て、がっかりしたように言う。
「トランクスは会社の仲間とうまくやってるみたいよ。
ま、良いことなんじゃないかしら」
「まぁー、それじゃトランクスちゃんは素敵だから、昨日は女の子にモテモテだったんじゃないかしら!!」
「ブッ!!!」
ブルマはコーヒーを噴出しそうになる。
「ま、まさか、トランクスに限って・・・」
トランクスが好きなのは、この自分なのだ。
間違っても他の女の子になびくようなことはない。
でも、気持ちがなくても女を抱くことはできるだろう。
トランクスだっていい年をした男なのだ。
ブルマの中にイライラとした感情が芽生える。
「うふ、ブルマさんたら。トランクスちゃんはだめよ〜」
ブルマの母親はブルマのドキリとすることを言った。
「え?!」
「だぁ〜ってぇ、ブルマさんにはべジータちゃんがいるでしょ?
だからトランクスちゃんはママに譲ってちょうだいね」
ブルマは気が抜けたように、ため息をついた。
全くこの母親のカンの良さは油断がならない。
「べジータちゃんはまたトレーニングなのかしら〜」
「多分ね・・・あいつったら、ここのところ早朝トレーニングを始めたみたいだから」
「そう、熱心なのねぇ。じゃ、もう少ししたら降りてくるかしらぁ?」
「あたし今日は朝から出社だから、あいつが降りてきたら、母さんよろしくね」
ブルマはそう言うと、コーヒーだけの朝食をすませあわただしく出て行った。
「あぁ、もう!
昨日べジータと朝まであんなことしてたから、起きられなかったのよ!」
ブルマはクローゼットからカジュアルなジャケットを選ぶと、急いで身につけた。
いつもはべジータの顔を見てから出社するのだが、今日はもう時間がない。
ブルマはジェットフライヤーに乗り込んだ。
トランクスはもう出社しているだろうか。
「おはようございます!ブルマさん!」
いっせいに挨拶の声が響き、秘書が今日の予定を確認するために、
一歩下がったところでスケジュールを読み上げる。
ブルマはカツカツとヒールを高鳴らせ、長い通路を早足で歩いた。
「トランクスは?来てる?」
「はい、開発チームのメンバーと朝早くから現場へ入っていましたよ」
ブルマは少しほっとしていた。
今朝ブルマの母親が言ったことが頭の片隅に残っていたのだ。
「10時からのミーティングはトランクスが仕切るのよね。
10分前にはあたしの研究所にくるように伝えて。
言っておきたいことがあるの」
ブルマは短く指示を出すと、ブルマの研究室に入っていった。
「朝はやっぱり苦手なのよねー。
べジータだって寝てないはずなのに早朝トレーニングだなんてさ」
ブルマは時計を見上げた。
10時のミーティングまでにはあと30分ほどある。
(そろそろべジータがトレーニングから戻る頃ね。電話してみようかしら・・・)
ブルマはなんとはなしに受話器を取り上げた。
2回コールのうち、エプロン姿のブルマの母親がモニターに映った。
「はぁ〜い、ブルマさん。
今ねぇアップルパイを焼いていてね、
べジータちゃんがきたら食べさせてあげようと・・・」
「母さん!べジータに代わってくれる?」
ブルマは長くなりそうな母親の会話をさえぎり、べジータに代わってもらうように言う。
ブルマの母親は気を悪くするでもなく、
いつもの気の抜けるような返事をすると、重力室につなげた。
が、何度も内線をならしても出ない。
(きっとトレーニングに集中してるんだわ)
よく考えると、べジータがトレーニング中に内線をとるなんてことはめったにないのだ。
ブルマは重力室のモニターに切り替わるように、パスワードを入力した。
重力室で電話が取られなくても、中の様子が映し出されるように設定してある。
モニターは、重力室の映像を送り込んできた。
ブルマはカメラの位置を変え、べジータを探す。
(随分静かね。いないのかしら?)
ブルマは何度目かの切り替えスイッチを押した時に、
心臓が止まるかと思うくらいの衝撃を受けた。
「べジータ!!!!」
そのには床にうつ伏せに倒れるべジータの姿が映し出されている。
先ほどの様子では重力室に破損はなかった。
それに、べジータ自身にも怪我はなさそうに見える・・・
(何、何があったの?!)
ブルマは母親に、ブリーフ博士をつれて重力室へ行くように伝えた。
ブルマは「出かけてくる」と秘書の男に言い残すと、研究室を飛び出した。
そこでトランクスにばったり逢う。
「ブルマさんっ」
ブルマは名前を呼ばれても聞こえなかったらしく、青い顔をして走っていく。
・・・なにがあったんだ?
トランクスは後を追うが、秘書に止められた。
「トランクスさん、10時からミーティングがあります!」
「でもブルマさんが!!!」
「あなたは仕切るように言われたのでしょう?」
「しかしっ」
「トランクスさん、ブルマさんはあなたに任せたのですよ。
今日の会議がどれだけ大事なものかお判りでしょう?」
トランクスはブルマの消えた方向に視線を送ったが、
肩を落とすとブルマの研究室に入っていった。
ブルマの胸に嫌な予感がよぎる。
(どうして、今日にかぎってべジータのところへ行かなかったのかしら!)
ブルマは奥歯を噛んだ。
ジェットフライヤーのスピードが遅く感じる。
(こういうときに舞空術が使えたらいいのに!)
突然、ジェットフライヤーの無線が鳴った。
「ブルマや、聞こえるかい?」
ブリーフ博士の声だ。
「聞こえるわ!べジータは?!!」
「それなんじゃが・・・
以前、悟空君がウイルス性の心臓病にかかとったじゃろう・・・
べジータ君もそれと同じ症状じゃ」
「え!?
あ、あたし、チチさんに電話して特効薬をもらえるように連絡するわ!」
「あ、おい、ブルマ・・・」
ブリーフ博士の言葉を最後まで聞かずにブルマは無線を切った。
そしてすぐに電話に切り替えると、チチに電話をかける。
「もしもし、チチさん?あたし、ブルマよ!」
「久しぶりだなー、元気だったか?」
「あのね、チチさん!以前に孫君が心臓病にかかったでしょ?
その時の薬をわけて欲しいの」
「薬?ああ、あれはもうねぇだよ。全部飲んじまった」
「じゃ、じゃあ、そのビンは残ってる?」
「ビンは捨てちまってるだよ。
オラんちはせまい家だかんな。いらねぇものはとっとけねぇからなぁ・・・」
「そ、そう・・・わかった、ありがと」
ブルマはがっかりとして電話を切った。
「なんだったんだべ?ブルマさは・・・」
チチは訳の判らない電話に戸惑い、受話器を置いた。
ブルマはC.Cに着くと、べジータのいる部屋へ駆け込んだ。
「べジータ!!」
ブルマはベッドの上に寝かされたべジータを覗き込む。
意識はないが、心臓が痛むのか右手が左胸を掴んだままになっている。
よっぽど苦しかったのだろう。
「父さん!特効薬は作れないの?」
ブリーフ博士は静かに首をふる。
「そんな!べジータ」
ブルマはべジータの腕をつかんだ。
「べジータ!べジータ!!」
ブルマの呼びかけに、べジータがうっすらと目を開けた。
「ブ・・・ルマ・・・」
べジータはブルマの顔をみると、いつもの口の端をゆがませた。
「ごめんね、べジータ!あたしがもっと早く気づいていれば!!」
ブルマは両手でべジータの手を握り締める。
べジータは何かを言いたそうだったが、呼吸をするだびに心臓が痛み、
それ以上は何も言うことができなかった。
「父さん!べジータを見てて!!」
「べジータ、死んじゃだめよ!!絶対に!!
あたしをおいていくなんて絶対に許さないんだから!!」
ブルマはべジータの手をもう一度握り締めた。
「おい!ブルマや!どこへいくんじゃ!」
「特効薬の開発よ!」
ブルマは研究室のパソコンに向かった。
(べジータ!死なないで!
あたしはあんたがいない世界では生きていけないの!)
ブルマの指は小刻みに震え、パソコンのキーをうまく押せず、何度も入力ミスをした。
トランクスは約2時間のミーティングを終えたところだった。
正直、ブルマのただならぬ様子に気がとられ、ミーティングどころではなかった。
「トランクスさん、ブリーフ会長からお電話です」
小さな携帯モニターを渡され、トランクスはそれをオンにする。
『トランクスや、べジータ君がウイルス性の心臓病で倒れたんじゃ。
特効薬のことでお前さん、なにか手がかりになることを知ってはおらんかね』
「父さんが!!」
『悟空君ところの特効薬はもう全部使ってしまったそうじゃ・・・
今ブルマが調べておるがの、なんせ前例がないからのぅ』
「そうですか・・・すぐに戻ります」
トランクスは小型モニターを握り締めたまま、その場を飛び出していった。
トランクスはブルマのいる研究室へ駆け込んだ。
「ブルマさん!」
「トランクス!」
「あたしは天才なのに!ダメなのよ!
べジータを救えないかもしれない!」
「落ち着いてください!落ち着いて!」
トランクスはブルマの肩を揺する。
「でも!こうしている間にべジータが死んじゃったら!」
「大丈夫ですっ。
心臓病は発症してから数時間やそこらで死んでしまうわけではないんです!
むしろ、地獄のような苦しみが数日間続く・・・」
トランクスは未来の世界で、その病気にかかっている。
3日間苦しんだが、特効薬が手に入ったため、命を落とすことはなかった。
トランクスがベッドの上でのた打ち回っている間、未来のブルマ・・・
つまり母親が側にいて、しっかりと手を握っていてくれたのだ。
トランクスは宙を睨んだ。
(今の医学レベルでは特効薬を作ることは難しいだろう。
それも数日の間では不可能だ)
トランクスにはブルマへの大丈夫だという言葉が、
慰めにしかならない事を知っていた。
この事態を救うことが出来るのはたった一つ
トランクスがタイムマシンで未来へ帰り、
特効薬を持って再びこの世界に戻ること。
タイムマシンのチャージは片道で8ヶ月から1年、
もし未来に帰るつもりなら2年かかる。
トランクスは迷った。
2年・・・
2年もの間、ブルマに逢えないことになる。
愛しいブルマの側からそんなにも長く離れていることができるだろうか。
トランクスは一瞬の間に、それだけのことを考えた。
ブルマに視線を戻す。
いつも強い光をたたえていた目が、弱々しく潤んでいる。
(ブルマさん・・・
それほどまでに父さんがいいのですか・・・)
トランクスは、咄嗟にブルマを引き寄せ、硬く抱きしめた。
そして蒼い髪のを指で梳く。
「大丈夫です。オレに任せてください・・・
父さんはオレが必ず助けますから・・・
父さんの側にいてあげてください」
トランクスは寂しげに笑顔を見せると、タイムマシンに乗り込み
未来へと消えた。
続く
(2005.9.4)
あとがき
ふいー。
あと残すところ2回になりました。
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